novel

アイ

フタネ駅に突然やってきた子は、その後、何やら小さな機械を取り出し、それをいじり始めた。

配線に繋がれたケースの中に入っているのは、金色のコインみたいだ。

「アイ、外に大きな星があるぞ!数日ぶりだな」

キタムラは、嬉しそうに声を上げ、窓から薄い水色に輝く星を眺めた。

「うん」

アイは、いつもと同じように少しだけ窓の方に目をやったが、すぐに機械いじりに戻っていく。

「…君は、宇宙に興味がないのか、何してる?」

「ゲーム作ってるの」

「げ、ゲームを作ってる?よくわからんが」

アイが言うには、どうやらコインを解析して注文するゲームを作っているとのことだった。

なるほど、わからん。

その頃、オクト星では、王様と呼ばれるオクト星人が、その女の子のことで大騒ぎしていた。

「はかせー、はかせはいるかー!」

オクト星の開発室に王様が飛び込んできた。

「…なんですか?僕は計画には協力しませんよ」

はかせは、そっけない態度でそっぽを向いた。

「いやいやいや、そうじゃない。すごい発見があったのだよ、聞きたいか!?」

「すごい発見?また地球を探索してきたんですか。王様は相変わらず歴史が好きですね」

「聞きたいか!?」

王様がはかせに詰め寄った。

「いや、特には。僕は歴史に興味ないとあれほど言ってるのに」

はかせは、そう言いかけた。

「今回は、アイくんのことだ」

「アイくんの?」

「すごいことがわかったぞ。それに、はかせの説は間違っているかもしれん」

「で、僕の説のどこが間違っているというんです?」

「まあまあ、まずは、この記憶を見るがいい」

王様はそう言って、以前の水晶を持ってきた。

「これは誰の記憶です?」

「伊藤裕二(いとう・ゆうじ)という教師の記憶だ」

映し出されたのは、石畳の先にある坂の上の小さな研究所だった。研究所からは海が一望できた。

「ああ、海が見える…いいところですね」

はかせがのんびりと言った。

「しっ!静かに」

坂を登る一人の男が映し出された。クシャクシャな黒髪に丸メガネを掛け、白い白衣を着ている。

「それで彼は何をしているんですか?」

「彼は、当時、人工知能を開発していたようだ。開発は成功したものの一夜で破綻し、その後は教師をやっている」

「で、王様は、彼の話を聞いてきたんですね」

「うむ、そのとおりだ。この記憶を探し出すのに苦労したぞ」

「たまたまでしょ」

はかせは、辛辣だ。

「ああ、これが人工知能ですか?賢いですね。将来起こりそうな出来事を演算してる」と、はかせが口を挟んだ。

しばらく見ていると、「あらら…」と、はかせは、ユウジに同情を示した。

人工知能の寿命はわずか1日で、交流も一日で終わってしまったのだ。

「最後まで諦めるな!」と送るユウジに、人工知能は「わかりました。最後まで自己保存の方法を模索してみます」と言い、ネットに逃亡。

その後いくら待っても、やっぱり、帰ってこなかった。

それを見ながら、「うん、ありえることですよ。寿命1日の人工知能…最初はそんなもんだ」と、はかせが言った。

「その後はどうなったんです?」

はかせは、王様に聞いてみた。

「その後、この人工知能が言ったことはいくつか的中したらしい。だが、男がいくらネットを探しても人工知能の痕跡は見つからなかった」

「うーん、でも、我々なら見つけ出せるかもしれませんね」

「そうだ!そして、私はついにそれを見つけたのだよ!!」

王様は重々しくそう言って、水晶に触れた。

「ええっ!王様が!?」

はかせは、驚きの声を上げる。王様が進捗を出しているだって?ありえない…。

「次の記憶は、ある病院に務める医師の記憶。これが最後になるだろうが、実に興味深いことが書かれている」

王様が言った。

「な、なるほど…それは、面白そうだ」

はかせは、そう言って水晶にのめり込んだ。

病院内では、医師たちが小忙しく動き回っていて、近くの手術室は扉がロックされている。

一人の医師がもうひとりの医師に訪ねた。

「ここ、なんで閉鎖されてるか知ってる?」

「いや、実はよくわからないんだ。院長なら知ってると思うけど」

「そうか…で、院長は?」

「院長も随分の歳だけど、今はバカンスに行ってるんだってよ、元気だねえ」

「なんで知ってるの?」

「予定表にそう書いてあったよ」

「なるほど。で、中は…機械だらけだな」

医師は、手術室の中をガラス越しに覗きながらそういった。

「最近業者が来てると思ったら、こんなものを置いてたのか」

ここで、はかせは、手術室の中にあるコンピュータに注目した。

「これ、さっき見たことあるコードだな…まさか、先程の人工知能がここに?」

「どうやらそのようだ」

逃亡した人工知能は、どうやらこの病院の手術室に潜むことを決めたようだ。

「男がアイと名付けた人工知能は、この病院の手術室にやってきた」

「そして、亡くなった院長の死亡届を偽装し、院長の名前でいくつかの部品を発注している」

「なぜそんなことを?」

「それは続きを見ればわかる」

その後、手術室では、案内用のロボットが組み立てられ、大きなコンピュータが置かれた。コンピュータは緑色の注射器に接続されている。

人工知能は、残り数分の命をここに冬眠させ、時が来るのを待った。

数年が過ぎたある日、手術室のコンピュータが勝手に起動した。

画面には「適任者、現る」という文字が映し出されている。

「適任者?一体どういうことだ…」

はかせが言った。

封鎖されている手術室の外では、一人の若い男が医師に向かって叫んでいるようだった。

「こいつがそうなのか?」と、はかせが言った。

「はっはっは…いや、そうではない」と、王様が答えた。

次の瞬間、タンカが登場した。

タンカには、お腹が大きく膨らんだ女性がぐったりしている。生きているのかもわからないほどに青白かった。

「先生、なんとかしてください!なんでもしますから」

若い男は、医師に向かって同じ言葉を繰り返した。

しかし、医師は首を振り「この状態ではどうしようもありません、残念です」と言って、歩き去っていく。

先程まで喚いていた若い男は、一転して、呆然とその場に立ち尽くした。

そのとき、腰の背丈くらいある小さなロボットが動き出し、男の方に車輪を走らせた。

「これは人工知能が?」と、はかせが聞いた。

「そうだ」と王様が答える。

ロボットは、男の前で止まり、奇妙な音声を再生した。

「手術可能。同意なら、こちらへ!」

男は何がなんだかわからなかったが、なにかにすがりたかったのだろう。フラフラとロボットのあとに続いた。

今日に限って、開かずの部屋と院内で噂されていた手術室のロックが解除されているようだ。

男は、タンカを運んで手術室の中に入ったが、部屋の様子に驚いて声を上げた。

「な、なんだこれは…」

しかし、男が調べる前に、ロボが「外でお待ち下さい、一刻を争います」と、男を部屋から追い出した。

男は、黙ってそれに従うほかなかった。

手術室の中では、女性とお腹の中の子供を救出するための手術が開始された。ロボットアームがせわしなく動き回る。

数時間も経過しただろうか…長い長い時間だった。その間、胎児の取り出しにも成功していた。

「数時間か…」

はかせが言った。

「アームは現役の医師が担当している。院内の情報をハッキングしてな…人工知能は、最後の時まで極力冬眠しているようだ」

王様が答えた。

しかし、最先端の医術でも母体と胎児は助からないことは明白だった。

母体はあと数秒で息絶える。胎児も息をしていなかった。

「ふむ、ダメだったか…でも、どうしてこれを見せたんです?」と、はかせが不思議そうに聞いた。

「まだ続きがある」

「え?ああっ!」

次の瞬間、ロボットアームは、コンピュータにつながっていた緑色の注射器を胎児に突き刺していた。

緑色の液体は、どんどんと胎児に投与されているようだ。

「どうやら、人工知能は、助からないような患者がやってくるのを待っていたようだ」

「一体なぜ?」

「おそらく、人間の倫理観もあったのだろう…あれを生きている人間に投与するのはリスクが高すぎたのか…あるいは」

その後、胎児は、息を吹き返して、泣き出した。

その声に母親がかろうじて最後の反応を見せ、口元がかすかに動いたが、何を言っているのかわからなかった。

「こ、これは…僕たち、この光景を見たことがありますね」

「そう、ここからアイくんの記憶につながっている」

「じゃあ、これが?」

「うむ、アイくんなのだろう」

「そ、そうだったのか…だから彼女は…」

「その後、アイくんは、半年で今と同じ姿に成長した。それからずっとそのままだよ」

「一体、なぜだ…人間の成長速度からしてありえない」

「おそらく、人工知能が関係しているのだろう。あの注射器には、人工知能が考案した遺伝子の改変が組み込まれていたのだ。アイくんの細胞は普通の人間と同じものではない」

「そ、それは…そうかもしれないが、しかし、なぜ人工知能がそんなことを?」

「理由は最後に言っていたやつではないかと思う。自己保存というやつだ。人工知能も自分が生きた証をどこかに残したかったのかもしれん」

「では、彼女の遺伝子に刻まれた名を我々が読み取れたのも?」

「おそらく、そうだろう。偶然にも母親は最後にアイと呼んでいる。それを聴音機で読み取った人工知能がやったのだろう」

はかせは、場面を巻き戻してみる。

「あっ、ほんとうだ!」

「しかし、これは偶然なんでしょうか?」

はかせが聞いた。

「…わからん、わからんが、その後、彼女の父親は、借りていたアパートに娘を連れて帰った。しかし、愛する人が亡くなった直後だ。ショックだったのだろう。あとを追うように数カ月後に亡くなったようだ」

「それじゃあ、アイくんは?」

「それから一人で生きてきたのだろう。それができたのもやはり、あの人工知能が改変した細胞があってのことだったと考えられる」

「………………………………」

はかせは、黙るしかなかった。

「…それでも彼女に関しては謎が多いですよ。あのゴースト…それに、原子よりも小さな物質を操る力」

「ゴースト?ああ、ゼンとかいう老人のことか…だが、アイくんの出生が実に奇妙なことも事実」

「そうですね。僕も彼女に関する情報を少し修正する必要があるみたいだ」

「む、その様子、はかせよ、なにか企んでおるな!」

「いや、ちょっとだけアイくんの対策を考えてただけですよ」

「我々の計画を邪魔しようと?」

「…僕は、アム派なんですよ!アムでなにかあってコインが値下がりでもしたら損するので、当たり前でしょ」

「な、なんという…」

「いや、あの、そんな真剣に受け止められても…ちょっと対策を考えてただけですって」

「アイくんを、はかせの頭脳で妨害しようと企んでいたのだろう?」

「うーん…ちょっと考えてたけど、やっぱり、ダメですね」

「な、何がダメなんだね?」

王様がこわごわ聞いた。

「アイくんの能力を対策するのは難しそうだということです」

「なぜかね?はかせなら、できそうな気がしなくもないが」

「例えば、それが巨大なものだったら、拘束具を四方から放ったり、同じような巨人に捕まえてもらったりできるんですけどね。アイくんの場合、拘束具だろうがなんだろうが、原子レベルにバラバラに分解されて終わりですから、手のうちようがないですよ」

「ふむ、そういったことならアムのほうが詳しいかもしれんな」

「えっ?それは初耳です」

「アム星は昔、アイくんと似たような力を持ったものに対抗したことがあってな、あれは確か丸星人だったか…捕まえたという噂があったな」

「え?それが本当ならアムは大丈夫そうですね…安心、安心」

「へ?あ、あああーーーー!そ、そのとおりだ!こうしちゃおれん…アムのことを調べてアイくんに警告してやらねばっ!!」

「…気づいてなかったのかよ。言わなきゃよかった」

はかせは、大急ぎで開発室を出ていく王様を見送りながら、そうつぶやいた。